日々を振り返ることもなく、忙しく過ごしてしまっていると、それでいいのか・・・と問いただされる出来事に出会わせてもらうことがあります。ちょうど靴の中に入った石ころのように・・・
住職の恩師の信楽峻麿先生がこんな文章を書いておられました。
「私の少年時代、昔の田舎道は、舗装されていませんでしたので、道を歩いていると、よく小さな石粒が靴の中に入ってきたものです。すると、時々その小石が足の裏にあたり、チカッと刺して痛いわけです。
私にとって、親鸞聖人(しんらんしょうにん)の教えというものは、ちょうどそんな靴の中の小石のようなものです。人生を生きていると、時々その教えが、私の胸に厳しく刺さって、痛みを感じることがあります。靴の中の小石なら、ちょっと立ちどまってその石を出せばよいのですが、この親鸞聖人の教えの痛みは出すわけにはまいりません。
どんなに痛くても、じっと耐えて歩くほかはありません。しかしまた、私はその教えの痛みをとおしてこそ、私の人生を曲がりなりにも、よくここまで歩いてこられたと思うことです。そして、これからもまた、この靴の中の小石、親鸞聖人の教えを大切に生きていこうと思っています」